■No.176   H22.7.9発


 「百年後の国宝を作ろうと」いうキャンペーンもこれまでありましたが、この4月には河北門や宮守堀の復元が完成し、これからの平成の金沢城作りにも大きな期待を持っています。
 さて「場内随一の石垣」とむかし賞賛されたという鯉喉櫓台や玉泉院丸庭園の借景として使われた色紙短冊積の石垣などに代表される多彩で長い歴史にわたる金沢城の石垣は、博物館にたとえられるほど全国的にも評価が高いのは皆さんもご承知のことと思います。
 金沢城の石垣が織り成す回廊には「文化の森」の回遊性を高めることが期待される貴重な観光資源としての期待がありますが、間近に見て触れることに、もっと強い視点を持ってアピールしていくべきです。
 先日、久しぶりに石垣を見て回ってきましたが、いつも言っているのにもかかわらず、残念ながら今でも多くの木々が石垣を見えにくくしており、石垣の間や上からは大きな木の根が伸びているなど、将来ずれや緩みに繋がりそうな樹木も数多く目に入りました。
 城主然として毎日、谷本知事は兼六園周辺を散歩しているのでしたら、もっと石垣の実情を見て考えていただきたいと思いますし、今のままでは「石垣」と「もともとそこにあったはずもない樹木」とは、一体どちらが主役なのかという話です。
 さて、金沢城調査研究所では昨年から日本の城郭研究の第一人者の方を所長に迎え、金沢城の石垣の特徴をさらに解明し、広く県内外にも情報を発信していると聞きます。
 私は、この研究所は必ず県の文化行政施策の目玉として、また世界文化遺産登録運動にも強い推進力にもなるものと思っています。
 特に県内や金沢市内には石工の秘伝が書き記された資料など、藩政期以来の豊富な石垣の文献が広く民間にまで数多く存在しているのですが、これらの資料の活用や内外へ金沢城の石垣の素晴しさを伝えいくためには、研究所のスタッフやPR内容の充実をもっともっと行わなければなりません。
 いずれにしろ、櫓や門そして石垣やお堀から「いにしえ」のことを想像すればするほど胸がわくわくしてきますが、石垣のことなら、まず金沢に聞けと言われるほどの存在になることを期待したいと思います。

(H22.7.9)