■No.39   H17.3.30発


 私の住まいの近くにある陸上自衛隊から第5次イラク復興支援群第一陣が派遣され約2か月が経ち、さらに第二陣、第三陣あわせての60人やその他の本県出身者の自衛隊員 (注、近所のうどん屋さんの息子さんもいる)が今、日本国民を代表してイラクで立派に任務を果たしているのはご承知の通りです。市内で時々見られる黄色い旗や胸に付けている(馳代議士はいつも) 黄色いリボンがシンボルとして表す様に「何よりも元気でお帰りになること」を願わずには居られませんが、皆さんが「日本の誇りと家族への思い」を胸に、 サマワ宿営地の警備や給水作業に懸命に汗を流している姿をTVや新聞等で見るたびに、胸が熱くなり心からの敬意と感謝の念を抱くのは私一人だけではないと思います。
 ところで、石川県と陸上自衛隊との関係を見た時、石川県地域防災計画に記載されている自衛隊法による災害派遣や県地方課の分掌事務である自衛官募集ぐらいしか私には思い浮かばないのですが、 谷本知事も出席した1月30日の壮行会での派遣隊員代表の決意の言葉に「参加できることは誇りと光栄に思う。国家、北陸、そして金沢の代表として任務に邁進したい」とありました。
 私は、この「金沢の代表」という言葉に、改めて感動したのですが、安全な場所とはいうものの、日々不安を抱きながら隊員の無事を祈る家族の方々は、大変な思いで隊員がお帰りになるのを待っていると思います。
 さて、昭和29年金沢市野田町に発足した金沢駐屯部隊は、これまでの50年の間に北陸の災害復旧活動に大いに活躍してきたことは言うまでもありませんが、災害発生時における連携や派遣依頼を考えると 石川県が自衛隊と密接な連絡体制をはかっていくことは極めて重要であると思います。
 石川県では新年度、自衛官OBを任期付職員として採用するのでありますが、原発防災訓練等にも反映をすべきであるといわれる国民保護計画の策定にあたっても、当然 自衛隊との協議が必要となってきます。したがって知事自らが毎年の創立記念行事等に出席することなどにより、日頃から自衛隊との関係をより一層親密にしておくことが連携を一層スムーズにするものと思います。 そうなれば隊員の言葉にあった「国家、北陸、金沢の代表として任務に邁進したい」という中に「石川」という文字も入っていたのではと少し残念な気もいたしますが、皆さんはどのようにお考えでしょうか。


(H17.3.30)