■No.14   H16.2.25発


 金沢のまちは、戦災を免れ、古い町並みを残す都市であり、加賀百万石の城下町で栄えた文化を今でも伝えているのでありますが、この文化は外様大藩の忍従処世の文化政策から生まれはぐくまれたものであると言われます。
 二十一世紀は文化の世紀と言われる中、天下の書府あるいは百工比照の歴史と文化、感性と美学を造形で発揮をし、日本らしい春夏秋冬の四季や自然、風土と情緒に金沢の、そして石川県の伝統文化の大きな力を融合したまちづくりを目指すべきであると識者は言います。
 さて、先般、文化庁は兼六園の世界遺産登録に向けた推進運動に対し、地元の熱意にこたえる形で、ユネスコへの推薦の前提となる暫定リストに兼六園の登録が可能なのか、辰巳用水や石川門、金沢城の石垣など周辺の関連資産、文化財などもあわせた現地調査を文化財調査官を派遣し実施するとの発表をしました。また、関東・東京の石川県人会も運動推進募金を創設するとのことであり、これからは県民挙げての取り組みや体制が必要と考えます。
 金沢城復元基本方針検討委員会でも、金沢城を国の史跡指定まで視野に入れながら復元について助言をするとしているのでありますが、兼六園がこれから世界遺産を目指すことを考えると、金沢城もそれに負けないような魅力アップを図ることが必要と考えます。もちろん多額になることが予想される復元の資金は、県民が等しく共有意識をもつためにも募金を利用し幅広く県民から募ることが有効な方法であると思います。
 いずれにしろ、先人がつくってきた兼六園や金沢城についてその歴史、文化をいかに後世に伝えようとするかの努力が大切であり、その精神そのものが文化だと考えますが、いかがでありましょうか。

(H16.2.25)